佐藤 勇二
専門分野:素粒子理論 (弦理論,量子重力理論)
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福井大学学術研究院工学系部門工学領域
物理工学講座
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物理学は宇宙全体から原子・原子核といった小さな世界まで,自然界のあらゆるものを研究対象としています.原子核から陽子・中性子,そしてさらに小さな世界を見ていくと,クォーク・レプトンといった自然界の基本構成要素である素粒子に行き当たります.例えば,陽子や中性子はそれぞれ3つのクォークから成り立っています.レプトンの最も身近な例は電子です.このような自然界の最も基本的な成り立ちを探求するのが素粒子物理学です.素粒子物理学は小さな世界の物理学ですが,大きな世界である宇宙もその始まりは非常に小さかったため,宇宙の成り立ちを探求する上でも素粒子物理学は不可欠です.多くのノーベル賞受賞者を輩出するなど,伝統的に日本の研究者が大きな貢献をしてきた分野でもあります.
自然界の全ての現象は素粒子の間に働く力(相互作用)により引き起こされる訳ですが(想像できるでしょうか?),そのような自然界の基本的な力は,重力・電磁気力・弱い力・強い力の4種類しかないと考えられています.4つの力のうち,重力以外の電磁気力・弱い力・強い力については,量子力学と特殊相対性理論に基づいた素粒子の標準理論という理論があります.標準理論に現れる粒子で長い間未発見であったヒッグス粒子がようやく発見されたり,3種類のニュートリノという粒子が伝搬するうちに互いに移り替わる現象(ニュートリノ振動)が発見されるなど,近年も話題になりました.
ニュートリノ振動はニュートリノの質量が実はゼロではなかったという意味で標準理論を修正することになります.しかし,標準理論は非常によい理論であり,いくら実験をしても基本的にはこの理論の枠組み内で説明できてしまい,標準理論(模型)を超える物理(Physics Beyond the Standard Model)を発見することは現在の素粒子物理学の大きな目標の一つとなっています.
残りの1つの力である重力は,一般相対性理論で記述されます.一般相対性理論によって,それまでの物理学では物理現象が起こる"入れ物"のように扱われていた時間と空間(時空)が物理学の研究対象となりました.一般相対性理論によって,我々の宇宙そのものの成り立ちを科学的に考えることができるようになった訳です.一般相対性理論は,また,光も脱出できないブラックホールという天体や,時空の歪みが波となって伝わる重力波といったものの存在を予言します.一見,荒唐無稽に思えるこのような天体・現象も近年の観測技術の進歩により確かめらるようになり,報道で話題になったのを覚えている方も多いと思います.
一般相対性理論・重力は,しかし,他の3つの力のように現代物理学のもう一つの基礎となる量子力学と融合する形で記述することができていません.量子力学に基づいた重力理論(量子重力理論),あるいは,量子論に基づいた他の3つの力と重力・一般相対性理論を統一する素粒子の統一理論を構築することも現在の素粒子物理学の大きな目標の一つとなっています.このような研究において,ブラックホールのように重力の効果が顕著な天体の量子論的な研究は重要な役割を果たしてきました.
量子重力理論・素粒子の統一理論の有望な候補として,自然界の基本構成要素が大きさを持たない点粒子ではなく,非常に小さなひも(弦)であると考える弦理論(String Theory)があります.弦には無限に多くの振動モードがありますが,弦理論ではそれぞれのモードが異なる質量を持つ粒子に相当すると考えます.重力を伝搬する重力子(スピン2の無質量粒子)は閉じた弦を考えると自然に現れ,弦を量子化することにより通常の点粒子の理論では不可能であった重力の量子化,そして,量子力学に基づいた重力を含む素粒子の統一的な記述ができるようになります.(しかし,現実の実験結果を再現・予言することは未だできていません.)
弦理論の研究は,これまでの素粒子の理論,重力の理論(一般相対性理論)はもとより,様々な手法・考え方を動員しておこなわれます.逆に弦理論の研究成果は,このような関連する分野に新たなアイデアを与え続けています.例えば,弦理論の研究を進めていくと,要所要所で美しい数学的な構造が現れ,数学の新たな研究テーマを生み出しています.また,素粒子の標準理論を超える理論として研究されている,我々の時空は時間1次元+空間3次元の4次元ではなく,小さくて"見えない"が実はもっと他の次元があるとする,余剰次元に基づく理論も弦理論に触発され提唱されたものです.
弦理論は量子重力を含む理論であり,近年の大きな成果の一つに,弦理論に基づいたブラックホールの量子論的な研究があります.その過程で,通常の素粒子の理論と重力理論の間に予期せぬ興味深い関係があることがわかってきました.電磁気力を伝搬する光子のように,通常の素粒子の理論で力を伝搬する粒子は(歴史的な経緯により)ゲージ粒子,また,こうしたゲージ粒子を含む理論はゲージ理論と呼ばれます.そのため,弦理論で見つかったこの対応をゲージ-重力対応と言います.(他にもいろいろな言い方があります.)
ゲージ-重力対応は,一見全く異なるように見える,開いた弦(開弦)の記述するゲージ理論と,閉じた弦(閉弦)の記述するブラックホールなど曲がった時空中の(量子)重力理論が等価であるというものです.右図は,曲がった時空中の閉弦と,(平面で表された)我々の4次元時空に端点を持つ開弦の模式図です.
ここで現れる,"素粒子の理論"はスケール不変性を拡張した共形不変性という性質を持ち,対応する重力理論も負の宇宙項を持つ時空中で考えるため,現実の実験と直接結びつくものではありません.しかし,この対応により,量子重力理論という"難しい"理論が馴染みのあるゲージ理論で理解できることになります.また,素粒子の標準理論にある強い力は,クォークを結びつけて陽子・中性子・原子核などの物質をつくる働きをしますが,文字通り力が強いため,その効果を近似的に(摂動論で)取り入れることが難しく,通常はスーパーコンピュータによる大規模な数値計算で解析されます.一方,ゲージ-重力対応を用いると,このような強結合ゲージ理論が古典的な(量子論を用いないで済む)重力・弦理論で解析できることになります.実際この対応に基づき,クォークが結びついてできる物質(ハドロン)のスペクトル,強結合ゲージ理論の散乱振幅,共形不変性を持つ共形場理論における量子もつれ(エンタングルメント)など,非常に多くの応用がなされています.
論文リスト
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