物理学会96年 秋 講演予稿

原子核を正方メッシュで扱う


東大院総合 田嶋 直樹、高原 哲士、大西 直毅
Treating Atomic Nuclei with Cartesian Mesh
University of Tokyo, Komaba, Naoki TAJIMA, Satoshi Takahara, Naoki Onishi

【アブストラクト】

原子核を平均場近似法で扱うときに、各粒子の波動関数を正方メッシュの格子 点での値のセットで表す「正方メッシュ表現」を用いることの利点および応用 例を紹介する。

【殻補正法から平均場法へ】

原子核やマイクロクラスターは、 液滴のようなマクロな側面 と、 一粒子運動の量子的性格などのミクロな側面とを併せ持ち、このふ たつの側面をうまく折衷させて取り入れると、多くの性質をよく記述すること ができる。現在、中・重核の記述に最も頻繁に使用されるのは、このような方 法である殻補正法である。 しかし、殻補正法は、現象論性が高い分だけ未知の条件下の状態への外挿の精 度が低いはずであり、最近話題となっている 中性子が非常に過剰な状態 大きく変形した状態 高角運動量をもつ状態な どの計算にあまり適さないのではないかという不信感がぬぐえない。また、も とになるハミルトニアンがないために動的な側面を扱えない点も、理論的枠組 として不満足な印象をあたえる。 殻補正法は(完全に微視的な理論的枠組である)平均場法への近似とし て基礎付けられていて、その短所はこの近似に起因すると言える。したがって、 殻補正法の欠点を克服する方法として、平均場法への移行が有効であると期 待される。 ただし、この移行は計算量の大きな増加を伴う。したがって、少数の核種の基 底状態を求めるといった目的ならともかく、多数の核種(ときには8000個ある 全核種)について、あるいは、回転の角速度の関数として状態を求めるといっ た課題には、計算量の少ない殻補正法が現実的な選択肢である。しかし、計算 機の進歩により(また、日本国内の研究環境の改善により)、この選択を強いる 条件は年々緩和しつつあり、ますます多くの目的に対して平均場アプローチを とることが可能になりつつある。 ちなみに、別の観点からも、殻補正法は困難に直面しつつある。即ち、今後、 非軸対称な八重極変形をした状態 核分裂途上の状態 陽子と中性子とで変形の異なる状態などの複雑な変形の研究が盛ん になると予想されるが、これらの対象に殻補正法は適当ではない。その理由は、 殻補正法では変形などを指定するマクロなパラメータに関してエネルギーの極 小点をサーチしなければならず、現在は通常3次元程度(軸対称 4、16、64 重 極変形)のパラメータ空間での極小化が行われるが、今後、複雑な形状を扱う ためには、サーチすべきパラメータ空間の次元が計算不可能なほど巨大になる からである。一方、平均場の方法では、マクロ部分がないため、言わば、変形 パラメータは解を求めるときに自動的に最適化される。したがって、複雑な形 状を扱うには平均場法を用いることが必要になる。なお、後述するように、殻 補正法の抱えるこの困難は、調和振動子基底表現による平均場法にも本質的に は継承されている。そして、その完全な克服に、次に述べる正方メッシュ表現 が好適なのである。

【調和振動子基底表現から正方メッシュ表現へ】

ハートレー・フォック解を求める一般的な方法は、調和振動子基底などを truncate して張った部分空間の中で、ハートレー・フォック・ポテンシャル 中の一粒子運動の対角化を自己無撞着になるまで反復することである。この場 合、行列の対角化が基底数の2乗に比例する記憶領域と3乗に比例する計算時 間を消費するので、あまり大きな基底を用いることができない。 ところが、相互作用がSkyrme力の様にゼロレンジのときは、 フォック場が局 所的になるので、対角化によらなくても一粒子状態を求めることが出来る。た とえば、球形核の場合には、動径方向に関する一変数常微分方程式の固有値問 題を(離散化して=1次元メッシュ表現で)解けばよい。これは25年以上前か ら実行されている。変形核を扱う場合には、計算量は激増するが、例えば、ボ ンシュらによる、 正方メッシュ上で表現された波動関数を虚時間発展法 で求める手法 [Nucl. Phys. A443 (1985) 39] を用いれば、実用的な速 度で解を得ることが出来る。 以下に、この正方メッシュ表現の利点を説明する。現時点で計算量が過大気味 でも、コンピュータの進歩の速度を考えると、正方メッシュ表現を採用するの が得策だと考えられる。
  1. 形状への偏見がないこと:
    調和振動子基底による平均場法では、得られた解の形と基底の形とが大きく違っ ていてはいけない。したがって、通常は、基底と同じ変形が得られるように多 重極能率に拘束をつけて解をもとめる。そして、この操作を様々な変形度の基 底について繰り返し、最低のエネルギーが実現される変形度をさがす。これは あたかも、殻補正法における変形パラメータのサーチのように煩瑣である。一 方、メッシュ表現では、単一のメッシュで任意の変形を平等に扱うことができ る。

    また、調和振動子基底表現では、核外での波動関数の漸近形が調和振動子型に 制限されてしまうため、例えば、中性子ハローを扱うことが出来ない。一方、 メッシュ表現では、任意の漸近形が扱える。

  2. 飽和性のある系に好適なこと:
    極座標の一次元メッシュ表現や円筒座標の2次元メッシュ表現とは異なり、3次 元全てをメッシュで扱う正方メッシュ表現は、平面波基底と密接に関連してい る[Baye and Heenen, J. Phys. A19 (1986) 2041]。一方、平面波基底は(飽和 性が高運動量状態の混入を抑制する)原子核に特に適している。したがって、 (微分法などに注意を払えば)原子核を扱う場合、意外に粗いメッシュで高精度 が得られる。
  3. 計算アルゴリズムがベクタ処理に適していること:
    この表現では、必要な基底数(メッシュ点の数に比例する)が大きいため、計 算規模は巨大になるが、一方、角運動量を陽に扱わないので計算式が簡潔にな り、アルゴリズムがベクター計算機に適したものにできる。そこで、スーパー・ コンピュータを用いれば、現実的な計算時間で解を求められるのである。また、 平均場法の特性により巨大なメモリは必要としない(100MB程度でよい)ので、 (1プロセッサ当たりのメモリが大きくとれない)並列型計算機にも好適な計算 プログラムになっている。ただし、パソコンやワーク・ステーションではメモ リへのバス幅が小さいためか、CPUの性能から予想されるほどは能率がよくな いようである。
本講演では、まず、正方メッシュ表現によるハートレー・フォック法の性質を まとめたあと、メッシュ・サイズと精度の関係など数値計算について述べ、さ らに、我々の計算結果を例示し[Nucl.\ Phys.\ A603 (1996) 23]、最後に、今 後どのような種類の核物理の研究が可能かを議論したい。
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