この論文は、かごめ格子反強磁性体とみなしうる有機ラジカル塩に着目し、プロトンの核磁気共鳴法を用いて微視的観点からそのスピンダイナミクスを調べ、わずかな格子歪みによる劇的な変化を見いだしたことを報告するものである。
陽イオンラジカル m-N-methylpyridinium α-nitronyl nitroxide(略してm-MePYNN)と陰イオンからなる有機結晶は、強磁性的(J 1)に結合したラジカルのダイマーがかごめ格子を組み、ダイマー間に反強磁性的相互作用(J2)が存在する。 ピリジン環に付加されるアルキル基の長さを伸ばした m-EtPYNN.I や m-PrPYNN.Iは、結晶格子がわずかに歪んでいる。 申請者は、かごめ格子反強磁性体のフラストレーション効果に伴うスピンダイナミクスを微視的観点から調べる目的で、これらの塩を比較しながら、0.1〜70 kOeの外部磁場域、300 K 以下 約 50 mK までの温度域で、1HのNMRスペクトルと核スピン-格子緩和率1/T 1の測定を行った。
まず、どの塩も約2 K以上では緩和率1/T1が定性的に同様の振る舞いを示し、約10 K(〜J1/k B)以下では、強磁性ダイマーの基底三重項-励起一重項準位に基づく緩和過程でよく説明され、それ以上の高温では、二次元系のスピン拡散によって緩和が支配されていることがわかった。この解析により、スピン相関時間の減衰定数や拡散係数に関する知見を得た。
さらに、フラストレーション効果が顕著になると予想される超低温域まで約2.4 kOeの磁場下で測定を行い、緩和率が格子歪みの有無に依存して約1 K以下で大きく異なり、各塩に特徴的なスピンダイナミクスが見いだされた。 特に、歪みのない系 m-MePYNN.BF4 では、ほとんど温度依存しない大きな揺らぎが存在することを示し、また、格子歪みだけでなく磁場の効果も、1/T 1に対して重要であることを示唆した。
m-MPYNN+・X- の結晶構造を、相互作用をもとに簡略化した図。楕円がひとつの m-MPYNN分子を表す。和田信雄先生(名大院理)が描いたものですので、再利用なさらないようお願いいたします。